KEMURI - 伊藤ふみおx津田紀昭

photo & Text : Tasuku Amada / June 02, 2016

実に結成21年を数える、日本のSKA PUNKシーンのリビングレジェンド的バンド:KEMURI。 その13年ぶりとなるマキシシングルのレコーディングが、ここレッドブル・スタジオ東京で行なわれた。

“壁にぶつかった時こそ挑戦すべき”。困難に立ち向かう人の背中を強く後押ししてくれる、KEMURIらしいポジティブな精神性に満ちた一曲『サラバ アタエラレン』のミュージックビデオとともに、 レコーディング後に行なわれた、伊藤ふみお(Vocal)と津田紀昭(Bass)の対談の模様をお届け。

伊藤(以下、伊)「今回のレコーディングは13年ぶりだったわけだけど…今まで100曲以上KEMURIとして曲を作ってきて、今年で21年目! おれと最初に合った時のことって覚えてる?」

津田(以下、津)「覚えてますよ(笑) 多摩川の焼肉パーティー。つるっつるの頭でね(笑)」

「おれ、あの時つるつるだったっけ?」

「そうですよ。超スキンヘッドで。何だこの人は!みたいな(笑)
でもビジュアルとは裏腹に、めちゃくちゃいい人で。話し方がすげー丁寧で。ますますなんなんだろうこの人は?って(笑)」

「第一印象はひどかったみたいだけど(笑)、でもあれから20何年ですよ」

「信じられないっすね」

伊「20年。まあいろいろブランクもあったけど、20年経ってもまだやれてるっていうのがすごいね。
その間にいろんなフェスティバルとかも増えて、俺たちみたいなバンドにとっては、すごくラッキーな時代の変わり方だった。
レコーディング機材にしてもさ、一番最初に録音した時はADATだからね。あのVHSみたいな。板橋のスタジオでね」

「怪しげな喫茶店の地下のね(笑)」

「その怪しげな喫茶店でよくひとりで歌詞を書いてたよ。でも思えばそのスタンスも今と変わんないな(笑)」

「録音し始めてから歌詞書くっていうね」

「でもあの当時、ハードコアとかパンクで、前向きな歌詞を歌ってるバンドって、アメリカとか海外のバンドばっかりだった気がするんだよね。
だから前向きな歌詞の歌を歌いたい、って言ってスタジオに入ったのをすごく憶えてる。

その頃から、ブラッド(註・津田)は、憶えやすくて忘れないメロディーを作るなあーって思ってたよ。
それもほんとに今も変わらない。いい曲書けるなあーって。結構シンプルなコード進行で」

「そう。それしか出来ないから(笑)

でもさすがに、昔ほどスムーズには曲が出来ない。もう出尽くした感があるんだけど、でもこうやってまた、始まればどうにかこうにか出来るっていう」

「いや、出来る出来る。やっぱり飽きるのは本人たちだからね、どんなバンドでも。
まわりの友達とかが、いろんなアドバイスをくれるけど、それはあんまり良いほうにワークしないことも多い。
自分たちだけでがんばって考えて、完全に自己完結型でやってみると案外、新しい扉が開けてくる気がしてる。
まあ、作り続けてみるもんだな、って…」

「…感じるよね」

「今回もまた“おお、新しいKEMURIの音楽だ”って思えたよね。

でもそうやってKEMURIを続けてるモチベーション、原動力って、何なんだろうね?
……KEMURI始めた頃ってさ、周りからのいろんな声があったじゃん。“KEMURIって誰だよ?”みたいな。全然パンクとかそういう畑じゃない人たちから言われてたよね。畑の違いは着てるものでだいたいわかるんだけどさ(笑)

ネガティブなことをいろんな人たちから言われたけど、そういう時代を経てやってきた、っていうのもモチベーションになってた部分があるかもね。“負けてなるものか!”的なさ」

「“負けてなるものか!”的な気持ちは今もありますよね」

「あるよね!」

「やっぱ対抗したいじゃないですか。我々は我々のやり方で」

「それってすごくバンド的っていうか。ひとりではどうにもなんないことも、KEMURIのメンバーと一緒にやるとがんばれるみたいなさ。そういうの大事だね」

「パンクとかハードコアとかスカとかってこだわりは無くしてないんだけど、結局やっぱ“KEMURIの音”は“KEMURIの音”じゃないですか。今のKEMURIが出してる音って、王道のスカパンクじゃなくて、KEMURI独自の音、みたいな。
それってなかなか簡単には出来ないことじゃないかなって思います」

「ほんとだねー、KEMURIじゃないと作れない音っていうのは、あるなあ」

「KEMURIの場合は、そうやって出来上がったKEMURIらしさみたいなものがしっかりあって、しかもそれが世の中に認められて、みんなハッピーで、超素晴らしいと思いますけどね。理屈じゃないっつうか」

「再結成して4年目だけど、レコーディングにあたって、解散前のKEMURIと比べて次はこういうふうにやろうって、頭で考えて…それでうまくワークしたこともあるけど、それよりもやっぱりみんなの思い、前向きな意味での我の強さっていうのは、どう話し合ってもみんな変わらないし変えないんだよね(笑) それがKEMURIらしさを作ってるのが分かった。

そんなことも含めて、今回このレッドブル・スタジオにみんなで集まれたっていうのはすごく意味があったと思う。
この先の10年20年、おれは50周年までやりたいと思ってるけどさ。あと30年?(笑)
録音の方法とかもまた全然違ってるんだろうね」

「また元に戻ったりしてね、一発録りとかに」

「将来こんな風になってたい、っていうイメージはある?」

「KEMURIのポップな楽曲を、例えば60歳70歳のおじいちゃんになってやってるのって、今ならちょっと想像出来るんですよね。

もう我々も50歳で、30歳の頃は自分が50歳になった姿は想像出来なかったけど、でもおかげさまで今も普通に音楽が出来てるじゃないですか」

「ほんと普通に出来てるよ」

「ね、お客さんもちゃんと来てくれて。
今までそういうバンドがあんまりいなかったからうまく想像出来なかったけど、自分達が歳をとっていくにつれて、全然それはアリだなって」

「70歳で新曲作ってたらいいね。それでも明日を夢見る歌詞が作れるのかは分からないけど(笑)
でもなんかさ、いろんなことを考えるけど……ワクワクするよね」